膝のまえのホニャララ

~病気でも人生を楽しくするオタク女のブログ~

夜神月には『キラとしてではない人生』を歩んでほしかった

夜神月には『キラとしてではない人生』を歩んでほしかった

時々思う。夜神月には普通の人生を歩んでほしかったと。

もちろん、ライトに平凡な人生が送れるとは到底思えない。

頭脳明晰で運動もできてルックスも良い。そんな彼が平凡な人生を送れるわけがないのだ。

どこにいっても目を惹くような、誰からも「あの人は私とは違うのね」みたいに思われる存在にはなってしまうだろう。

そんな彼だけど、『キラとしてではない人生』を送れたはずなんだ。

 

ライトがキラになったのは、偶然だ。

リュークも別に、ライトに拾ってほしくてデスノートを落としたのではない。誰がデスノートを拾ってもいいように、デスノートの使い方を英語記述にしていたくらいだ。

リュークが落としたデスノートをたまたま拾って、デスノートに犯罪者の名前を書き込んだから、ライトはキラになった。

だからライトがキラになったのは、必然ではなかったんだ。偶然なんだ。ライトがキラになる必要なんてなかったんだ。

ライトには『キラとしてではない人生』を歩める可能性だって、じゅうぶんにあったはずなのだ。

 

でもキラにならなければ、彼の人生はずっと退屈な毎日になっていたんだと考えると、彼はキラになって良かったのかもしれないとも思う。

 

初めてリュークに出会ったときのライトは「退屈だった」と言っていた。

その退屈は一過性のものかもしれない。けど一過性のものとは断言できない。永遠に続く退屈なのかもしれない。

17歳だったライトにとって、その退屈は永遠のように感じていたのかもしれない。

だからこそ、デスノートを拾ったことで、ライトはこれからの人生に意味を見出せたのかもしれない、と思う。

ずっと退屈していた日々に突然やってきた、デスノートという非日常。

その非日常は、今までのライトにはどうあがいても持ち得ることができない力を与えてくれた。だから彼は神になろうとした。

 

神になろうとして、結局ただの大量殺人鬼になってしまったのは、皮肉としか思えない。イカロスの翼の方がまだマシなんじゃないか、と思う。

 

ライトはキラになれたからこそ、人生が色鮮やかになったようにも言える。

けどライトの「チクショウ」を思い出すたび、キラとしての人生を歩むことが、彼の幸せだったとは到底思えない。

悪のない、優しい世界を作りたかったはずの彼が、あんな終わりを迎えてしまったのは、今でも悲しい。

 

人間が好きだからこそ、犯罪者を許せなかった彼が、キラとしての人生を送ることになってしまったのは、悲劇でしかないと思う。

もしどこかの世界で、キラとしてではない『人としての』夜神月が生きていればな、と思う。

私のエゴではあるが、彼には『人としての人生』を歩んでほしい。

キラではない、『人としての人生』を歩んだライトが、笑っている。そんな光景を今でも望んでいるのだ。