昔々あるところに、おじいさんとおばあさんと桃太郎が住んでいました。
桃太郎は双極性障害という精神疾患を持っていました。
この精神疾患は『躁』と呼ばれるハイな時期と、反対に『うつ』というローな時期を繰り返すものです。
そのため桃太郎は『躁』の時期になると、村中を荒らして村人に迷惑をかけることも多くありました。
反対に『うつ』の時期になると、布団に寝たきりになってしまい、ご飯もマトモに食べれなくなり、ときには生きるのをやめたくなることもありました。
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ここ数週間、村の人たちは安心していました。
というのも、今の桃太郎は『うつ』の時期に入っており、村を荒らすことがなかったからです。
村人の誰もが、しばらくは平和な日々が続くと信じていました。
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ある日、桃太郎は『うつ』の症状がだいぶ落ち着いたので、数週間ぶりに村に出ました。
するとそこで信じられない話を聞きました。
なんと、普段は鬼ヶ島にいるはずの鬼がこの村にやってきて、村中を荒らしていったというのです。
村人たちはみんな表情が曇っていました。
桃太郎は、村人たちにこんな表情をさせた鬼を許せない、そう憤りました。
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早速家に帰った桃太郎は、おじいさんとおばあさんに、鬼ヶ島へ行って鬼退治をしてくることを伝えました。
おじいさんとおばあさんは、それは『躁』の状態になってるからやめなさいと、桃太郎を説得しようとしました。
しかし桃太郎の決意は固く、家にある少しの食料を持って、勢いのまま家を飛び出して行ってしまったのです。
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鬼ヶ島へ向かう途中、桃太郎は犬、サル、キジに出会いました。
犬もサルもキジも、一言も桃太郎に話しかけていないのに、無理やり仲間にされました。
仲間になる報酬として、桃太郎が家から持ってきたキビ団子を渡されても、みんな腑に落ちない顔をしています。
それでも桃太郎は、自分のやっていることが正しいと思っていて、仲間にしたどの動物たちも、自分のことを慕っていると疑っていませんでした。
このとき桃太郎は『躁』の時期に入っていたのですが、本人は気付いていませんでした。
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桃太郎たちが鬼ヶ島に着くと、なにやら桃太郎の様子がおかしいことに、動物たちは気付きました。
どうやら桃太郎は『躁』の時期が終わり、『うつ』の時期に入ってしまったようなのです。
今まで衝動的に活動していた桃太郎は、それまでの活発さが嘘のように、もう何もしたくないと言い出しました。
そして動物たちに、無理に鬼ヶ島まで連れてきたことを謝り、元々いた場所に帰って行って構わないと告げました。
動物たちは元々いた場所に帰って行きました。
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仲間を失い、たった一人になった桃太郎。
『うつ』の時期に入ったため、体は鉛のように重く、起き上がることすらままなりません。
それでも、ようやく鬼ヶ島まで辿り着いたのだからと、鬼がいる洞窟の中へと入って行きました。
するとそこには、目を見張るような光景が広がっていたのです。
なんと鬼は布団でうずくまっており、まるで病人のような姿でそこにいたのですから。
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桃太郎はてっきり、鬼は偉そうにふんぞり返っているだろうと想像していたので、鬼の様子に驚きました。
戸惑っている桃太郎に気付いた鬼は、自分のことは放っておいてくれと言いました。
そんな鬼の様子を見て、桃太郎はいくらなんでもおかしいと思い、一体何があったのかを鬼に問いただしました。
今にも力尽きてしまいそうな鬼は、ゆっくりと口を開いて、ポツリポツリと語り始めました。
ある日やたら元気になって、何をしても楽しくて何でもできるように感じていたこと。
村を襲いたいと考えたことなどなかったはずなのに、ついカッとなって村を襲ってしまったこと。
しかし突然、今までのエネルギーが切れたようになって、寝込む日々が続くようになったこと。
命を絶ちたくなったりもして、これはおかしいと思い病院に行ったこと。
行った先の病院で、双極性障害と診断されたこと。
そう。鬼も桃太郎と同じように、双極性障害だったのです。
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桃太郎にとって、鬼の境遇は他人事ではありませんでした。
だって桃太郎も、今まで何度も村に迷惑をかけて、何度も生きるのが嫌になったから。
桃太郎にとって、鬼は自分でした。
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さて、桃太郎と鬼はどうなったのでしょうか。
なにせ双極性障害の根本的な治療は、まだ確立されていません。
悲しいですが、しばらくは病気を完治させることは難しいでしょう。
でも、症状を改善することはできます。
きっと桃太郎と鬼は、それぞれ自分たちの症状を改善するために、治療に励むでしょう。
それに、双極性障害の治療が今後どのように発展していくかで、桃太郎たちの結末も変わるに違いありません。
それにしても、一体誰が病気になっているのか、誰にもわからないものですね。