膝のまえのホニャララ

~病気でも人生を楽しくするオタク女のブログ~

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【プチ考察】『天気の子』は泣けるけど苦手な物語【ネタバレ感想】

【プチ考察】『天気の子』は泣けるけど苦手な物語【ネタバレ感想】

明日天気になあれ…膝野まえ(@hizano_mae)です。

新海誠監督の最新作『天気の子』を観てきました。

 

というわけで、ガチガチにネタバレのちょっっっとした考察と、ちょっとした感想です。

まだ観てない人は注意してね~。

終盤についてプチ考察

(いきなり終盤について話すから、がっつりネタバレだよ、いいね?)

 

天気の巫女として人柱になった(=亡くなった)陽菜が戻って来れた理由は、疑似的であるがお盆の様式が整っていたからではないでしょうか。

下記の2点を見ると「ああ、お盆だな」って思いませんか?私の考えすぎかな…

  • お社に備えられていたキュウリとナス
  • 廃ビルで撃った拳銃の硝煙

 

ではまず、キュウリとナスについてから説明しましょう。

 

あのお社には、キュウリとナスが供えられていた。

THE・お盆。

これに関してはこれ以上、特に言うことがありません。ないやろ…?

 

それでね、拳銃の硝煙についてなんですけども。

あの廃ビルで、帆高が拳銃をぶっ放すじゃないですか。

拳銃って、撃つと煙が出ますよね。いわゆる硝煙ってやつです。

この硝煙が、お盆でいう迎え火の役割を果たしたんじゃないかって思うんです。

 

…そう、これでお盆です。

 

お盆の様式がきちんと整ったので、陽菜は無事に戻ってこられた。

 

拳銃の硝煙という迎え火があったから、迷わずにお社のところまで来られたんですよ。

その頃には硝煙も消えてそうだけど…

立花家で迎え火の話が出てきたじゃないですか…あれの伏線を回収したってことになりませんか…?

 

 

感想「泣けたけど苦手な物語だった」

『天気の子』は、あの新海誠監督が監督。

インターネットでも「泣ける」と評判が良かったので観に行ったわけです。

 

もれなく私も泣きました。

 

警察に追われながらも、陽菜に会いたいその一心で、線路を駆け抜けたりとか。

 

お社がある廃ビルに辿り着いたものの、自分を引き止めてきた須賀さんや警察を必死で振り解こうとしたりとか。

 

ようやく陽菜に会えて、一緒に空から落ちてくるところとか。

 

泣いた。泣いたんですよ。

 

でもただ、私の肌にはちょっと合わなかったんですよ。っていうだけです。

  

もちろん、この作品が良いっていう意見もすごくわかります。

帆高が陽菜を好きで、愛しているからこそ、警察に追われたり線路を走ったり、社会的には認められない行動を起こしているところは、すごく素敵でした。

(現実にそんなことしてる人がいたら迷惑ですが、こういう『物語』はめちゃくちゃ好きです)

 

ただ私が受け入れがたかったのが、『亡くなった人が蘇る』ということだけでした。

 

いや、作中で陽菜が亡くなったかどうかって明示されてないけども!!

 

物語の終盤、廃ビルで須賀さんに「今から警察のところに戻るぞ」となだめられた帆高は「彼岸に陽菜がいるんだ!」と叫ぶんですよ。

彼岸って、め~~~ちゃめちゃざっくり言うとあの世じゃないですか。

なので私は、天気の巫女としての力を使い果たした陽菜は、生きたまま空に連れていかれたのではなく亡くなってしまったのだと解釈しています。

 

…話を戻しましょう。

 

『もう二度と会えないと思ってたけど、また会えた』という物語よりも『永遠の別れになってしまったら、もうそれっきり』という物語の方が好きなんですよ。

(ドラゴンボールは戦闘メインの作品だと思ってるから別です。あとドラゴンボールGTの最終回は好き)

 

だから『天気の子』も、なんとなく肌に合わなかったのかなって。

 

『二度と会えないと思っていた人に再会できた』というのが悪いわけじゃないんですけよ。

そりゃ会える方が嬉しいけど!!!!!

会えたら嬉しいけど、会えなくなる方が好きなんです…魔法騎士レイアース第二部の最終回は、原作よりもアニメ派なんです…

う~~ん、私はきっと『会えなくなってしまったからこそ、この先をどうするか』という物語が好きなんだと思う。趣味の問題。

 

逃避行のシーンがすっごく好きなアラサーからでした。